令和8年盂蘭盆会を終えて〜鬼灯が照らす救いの道標

昨日は令和8年盂蘭盆会施餓鬼法要を厳修、これを持って棚経、初盆法要と合わせ、今年の当山のお盆の行事、お陰様で全てが無事に円成となりました。


法話では、「鬼灯(ほおずき)」についてお話しさせていただきました。

鬼灯は、漢字で「鬼の灯」と書きます。仏教において「鬼」とは死者の霊魂、すなわちご先祖をはじめすべての諸霊のことを指します。
つまり鬼灯とは、文字通り「御霊のための提灯」という意味があります。

鮮やかなオレンジ色は、亡き御霊が道に迷わぬよう足元を照らす「明るい灯」となります。

また、袋の中が空洞になっているのは、還ってこられた御霊がひと休みするための臨時の部屋となるためだそうです。


思えばこの夏は、熊本地震、千葉豪雨、そして先日も東武日光線での痛ましい事故など、突然の災害や事故によって非業の死を遂げられた多くの方がいらっしいました。


予期せぬ形で突如としてこの世を去らねばならなかった御霊に対し、心より祈りを捧げ、温かい道標となるよう、昨日は鬼灯にも思いをこめ、ご参列の檀信徒と共にお題目をお唱えしました。

 

法要の後には、熊本地震への義援金を募らせていただき、有志の皆様より温かい寄付のご協力を賜りました。

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熊本地震の5時間前に撮影した写真〜『地震雲』の科学的根拠をAIと検証〜

7月28日に発生した熊本地震。

実は私は、地震発生のわずか5時間前まで、熊本市北区植木町にある「田原坂公園展望所」にいました。その時に撮影した写真がこちらです。

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「自分が現地を離れた直後に大地震が起きた」という衝撃的な経験から、直前に見たこの空の景色に何か意味(前兆)があったのではないかと気になり、AIを使ってこの雲の正体と「地震雲」の関係について調べてみました。

 

結論から言うと、この写真に写っている雲は地震の前兆(地震雲)ではなく、純粋な美しい夏の気象現象でした。

 

そもそも「地震雲」とは何でしょうか?
巷でよく耳にする「地震雲」とは、奇妙な形の雲を「地震の前触れではないか」と俗に呼んだ通称にすぎず、気象学上の正式な分類ではありません。専門機関でも完全に否定されています。

 

なぜ科学的根拠がないと言えるのか、理由は大きく2つあります。


発生する「場所」と「メカニズム」が根本的に違う雲は「大気」の現象であり、地震は地下深くの「地殻」の現象です。地中の断層の動きが、はるか上空の雲の形に影響を与えるという科学的な説明は一切立証されていません。


人間の心理による錯覚(確証バイアス)珍しい形の雲自体は日常的にいつでも発生していますが、普段は誰も気に留めません。しかし、たまたま大きな地震が起きると、直前に見た記憶と結びつけて「あれは前兆だったんだ!」と強く思い込んでしまう心理が働くためです。


つまり、大地震の直前に私がその場所にいてこの写真を撮ったのは、科学的には「偶然のタイミング」以外の何物でもないということでした。

 

では、この写真の美しい雲の種類は何かを更に調べてもらうと以下の検証が出ました、


気象学的に見ると、これは「巻雲(けんうん)」、俗称で「すじ雲」と呼ばれる雲です。地上約5,000〜13,000メートルという気の遠くなるような高層に現れる雲で、夏の強い日差しによる上昇気流と、上空の強い風によって刷毛(はけ)で掃いたような美しいすじ状の形が作られます。


この時、カメラは「西の空」を向いていました。お昼前の時間帯だったため、太陽はちょうど南の空高く(ほぼ真上)にあり、西を向いて撮ったことで逆光にならず、夏の青空と白いすじ雲がくっきりと美しく写し出されたわけです。

 

以上がAIによる検証になります。

地震雲には科学的根拠はないということでした。
「地震が起きたから、普段気にしない雲を見つけて投稿しているだけ」
「毎日世界中で無数の飛行機雲や奇妙な雲が出ていらが、地震が起きない平常時には騒ぐことはあまりない」

以上の結果から「原因をこじつけてしまう仕組み」が根底にあるようです。

初訪問の小倉と松本清張記念館

29日は朝から北九州の小倉を訪れました。
北九州市出身の作家、松本清張の功績を称え後世に残すために建てられた松本清張記念館を見学しました。


42才という遅咲きながら数多くのベストセラーを残した芥川賞作家、松本清張の偉大な業績が良く分かる立派な記念館でした。

また、当館は小倉城がある公園の敷地内にあり、歴史散策と文学の世界を一度に楽しめました。


街並みも風情があり良かったです。特に歴史のある魚町銀天街のアーケード商店街は、昭和のレトロな雰囲気を味わえました。

魚も新鮮で美味しく、高度で独自の食文化をもつ小倉でありました。

 

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24時間の熊本滞在記、離れた直後に起こった震度7の激震

先ず持ってこの度の熊本地震で亡くなられた方々のご冥福と後生善処をお祈りいたします。また、被災された方々へ心よりお見舞い申し上げます。合掌


まさか震度7の地震がこのタイミングで熊本に再び起こるとは…
私が熊本入りしたのは27日昼過ぎだった。
新幹線で熊本駅を降りた瞬間、肌を刺すような猛烈な暑さを感じた。


白のトヨタヤリスのレンタカーに乗り込み、益城町方面に車を進める。真夏の太陽がフロントガラスを照り付ける。


平成28年の熊本地震で被災された益城町にあるご寺院を10年振りに訪問、参拝させて頂いた。
見事に再建、復興されたが、道のりは大変だったようで、ご苦労は計り知れない程だと伺えた。


10年前激震により倒壊した建物、あの時の悲惨な光景は目に焼き付いている。

新しく再建された建物が並ぶ街並みを目にして、確かな歩みに胸が熱くなるのを覚えた。

しかしながら、違う場所に移られ新たに生活をし、益城町に戻って来ない方も多くいると住職からお聞きした。

 

日が落ちても蒸し暑く、サウナのような状態だった。熊本は特に蒸し暑い場所だと話す乗り合わせたタクシーの運転手さん。


翌日は西南戦争の激戦地、田原坂に向かい、ご供養と西南戦争資料館を見学した。
そして、昼過ぎに熊本を発ち、突如として震度7の激震が…

 

滞在時間にして僅か24時間程であったが、今回熊本でお会いし話した方、笑顔で親切に対応してくれた方々、
「袖触れ合うも他生の縁」と言うように、このような時こそご縁を感じる。心配で複雑な思いのまま帰阪した。

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#令和8年熊本地震 #熊本応援
 

新年のご挨拶『争いや暴力をなくすために』

明けましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

 

令和5年の干支は癸卯(みずのとう)、「癸」は生命や物事が大きく成長を始め育まれていく兆し、また「卯」は温和、安らぎ、跳ねるという意味があるそうです。イソップ物語の『ウサギとカメ』のウサギのように油断せず、おごり高ぶらずに、跳躍しながらも一歩一歩着実に進むことが大切です。

 

さて、令和4年は、2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まりました。(現在なお戦争状態にある)国内では7月に安倍元首相が銃撃、殺害されるというショッキングな事件が起こりました。これらの事象の共通点は暴力であります。いかなる理由があろうとも、武力行使、暴力は許されない蛮行であり強く非難します。

 

日蓮聖人は「法華経の修行の肝心(かんじん)は不軽品(ふきょうぼん)にて候なり」と仰っています。法華経の「不軽品」に登場する常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)は、道行く人々に向かって、「私はあなたを敬い、決して軽んじません。なぜなら、あなた方は全て菩薩の道を歩み必ず仏になることができるからです」と述べられ、合掌礼拝を行いました。

たとえ杖で殴られ、石を投げつけられても、同じ態度で相手を敬いました。この尊い行いは但行礼拝(たんぎょうらいはい)と言われ、お釈迦様の前世のご修行の姿でもあります。

 

私達の心の中には仏様がいらっしゃると説くのが法華経の核心であり、常不軽菩薩の礼拝の実践こそが南無妙法蓮華経の心とされます。また合掌している際は、左右の手のひらを合わせることで、人に暴力を振るったり武器を手に持つことは出来ません。それは無抵抗の絶対平和の表れでもあります。即ち全ての人々が幸せになるよう願う心が合掌には込められているのです。

 

一人一人の尊い命に合掌礼拝することは、他者を敬い、平和を願う大きな力の源となり、争いや暴力をなくすことへと繋がるのです。

本年が良き安穏な年となりますようお祈り申し上げます。再拝

 

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いのちを支える〜自殺について考える〜研修会を終えて

昨日10月28日、日蓮宗大阪市社会教化事業協会主催で、3年振りの研修会が大阪市中央区の社会福祉会館で開催、多くの方のご参加がありました。

YouTubeでのライブ配信もあり、当会幹事の私は司会の大役を担当させて頂きました。


講師にNPO法人 国際ビフレンダーズ大阪自殺防止センター理事長の北條達人先生をお迎えし、
〜いのちを支える〜「自殺について考える」というテーマで貴重な講義を賜りました。

 

厚生労働省の発表によると、2021年の自殺者数は、2万1007人、昨年の交通事故の死者数、2636人と比較してもいかに多い人数であるかが分かります。


特にコロナ禍において、20代、30代の若い女性が増加傾向にあり、また小中高校生の自殺も増えているのが現状であります。
新型コロナ流行の初期よりも、時が経ち具体的な悩みが明らかになる今日この頃、経済が回り出し、少しずつ生活を取り戻す人が増える中で、1人だけ取り残される不安から追い詰められる傾向にあるそうです。

 

複数の問題を抱えながらも悩みを周囲に打ち明けられない方が多く、自殺のサインは至って気付きにくい。メンタルの強い弱いは関係ないそうです。


また自ら「死にたい」と口にする人は、自殺しないと決めつけるのではなく、死にたいと口にしながら耐えていると考えなければなりません。
自分の価値観だけで決め付けるのではなく、その人と向き合うことが求められます。

 

依然自殺者への偏見がある世の中、誰にも話せず抱えこんでしまい、大きな喪失感を抱えるご遺族が多い現状も考えなければなりません。


「ビフレンダーズ」の名前の由来は『Be Friend』
悩んでいる人の気持ちを受け止め、心的にそばにいられるか、『話せてよかった』と言われることが願いであり、専門家でなくても出来る活動を大切にしておられます。

降り続く雨… 雨を晴れに変える活動ではない。「止まない雨はない」と伝えるのでもない。

心に悲しみの雨が降り続いている方に傘をさしてあげるのが、寄り添う活動であります。

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3年振りに訪れた東北被災地 最終日

7月27日(水)

いきなり問題から入ります。
東北第一の都市は仙台市であることは誰もがご存知でしょう。では東北第二の都市はどこでしょう?

私は東北新幹線の停車駅でもある郡山市かなと思っていましたが、答えはいわき市です。


前日にそのいわき市へ移動、そこで横浜から来た同級生住職と合流し、最終日は一緒に観光、その前に今回の目的であったいわき震災伝承みらい館と東日本大震災慰霊碑を訪れました。


震災伝承みらい館は、地震と津波に加え原発事故が重なる未曾有の複合災害に見舞われたいわき市の震災の記憶や教訓を風化させず、後の世に伝えていくために建てられた施設であります。

掲げられている「知る」「見る」「触れる」ことは、震災の教訓を未来につなぐ為に欠かせない大切なことです。

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会場には、卒業式の当日に津波被害を受けた中学校のピアノが展示されていました。海水を被り再起不能と思われましたが、調律師方々の尽力により塩害から復活した「奇跡のピアノ」として、演奏会などでも度々奏でられ、癒しと勇気を与えて続けています。

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その後、慰霊碑前で読経供養を行いました。慰霊碑のある豊間地区は巨大地震によって高さ8.5mの津波に襲われ、壊滅的な被害を受けました。家屋が流され多くの方々が亡くなりました。津波でいわき市だけで300名近くも亡くならたことを知りました。合掌…

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観光は塩屋埼灯台とマリンタワーに上りました。青い空と何とも美しいいわきの大海原、その光景に思わず見惚れてしまいました。

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最後に約800種類もの生物が展示されている水族館「アクアマリン福島」に行きました。潮目がテーマの体験型水族館でもあり、多くの子供たちの笑顔がありました。
当施設は大震災の津波の被害をまともに受け、電気系統の停止により、当時展示されていた9割もの生物が徐々に死滅していったそうです。

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いわき市は海の幸は勿論のこと、ラーメンやスイーツも美味しく、またいつの日か行きたい地となりました。 おわり