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大阪チャリティー被災地訪問記 〜最終話〜「女川町での出会い」

 

女川町には初めて足を踏み入れた。女川町と言えば、日本でも有数な漁港と女川原子力発電所が有名である。津波によって甚大な被害のあった地域で、1000人以上の方が亡くなった。人口比では東日本大震災で最も高い死亡率となった。

町の建物も7割が被災したと聞いたが、情報によると、被災地一と言われるくらい、街の復興デザイン化が若手を中心に進められているとのこと。今回はその状況を視察したいというのもあった。

あくまで車内から見た印象だが、女川漁港を生かしつつ、街全体コンパクトな中でのかさ上げを中心とした復興作業が進めらていた。

コンビニの定員さんに、場所を聞きながら訪れた希望の鐘復興商店街。到着するなり、引き寄せられるように入った店は、震災により店舗を流され休業中だったという佐々木釣具店さん。お話させて頂いた佐々木英子さんは、津波によって最愛のご主人を亡くされた。ご主人は、洋画家として素晴らしい作品を世に残された貝廣さんです。

女川町を訪れた詩人の高村光太郎さんへの思い入れから、貝廣さんは、生前「女川・光太郎の会」を作り、毎年の「光太郎祭」というイベントを企画・運営を精力的にされてきたとのお話を伺った。

また、仏教にも傾倒されており仏教青年部も立ち上げられるなど、多くの功績を残された。

まさか、お釈迦様の永遠の命のお話が説かれている『法華経』の「如来寿量品」のお話が奥様と出来るとは思ってもいなかった。

その奥様に演奏をお願いされた泉たくとさんは、若干二十歳で亡くなられた弟のような存在だったいとこから伝えてもらった生きる希望、支援活動のきっかけとなったオリジナル曲、『Buena Vista』 の弾き語りを始めた。

http://youtu.be/ib9jvJm4jtE

記念写真を撮り、再会を約束して我々は店を出た。既に予定していた時間が超過していたので、そのまま仙台市内に戻った。

以上、3日目から初日に遡ってブログを書いたが、今回がこれまでの訪問で、一番現地の方と濃密な触れ合いができ、仲間ができ、信頼関係が築けたのではないかと思う。真心を持って触れ合うことってやはり大事。

おわり

 

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