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特別な日「12月10日」

日常

あれから月日が流れた。もう何度目の12月10日になるだろうか?

この日が私にとって特別な日であるのには理由がある。
奇しくも私の誕生日に起こったことであるが、これも意味があったのだと思う。

ては、これから21年前にタイムスリップしよう。

 

当時私は大学院生で、修士論文のテーマもなかなか決まらないまま悶々としていた。
その日、大学の仏教学研究所で仲間たちと会話の輪の中に私はいた。
同級生だったS君が私に向かっていきなり発した言葉が、忘れられない助言となるとは知る由もなかった。
「まだテーマが決まってないなら、この『法華論』はいいぞ!漢訳ニ漢だけど充分論文になるよ」

S君は大学院を首席で合格し、将来を有望視されていた学生だった。
授業が終わってしばしば飲みに行った仲で、サザンや文学が好きで私と趣味も合った。
私は疑う余地もなく、アドバイスをもらった日以来研究に没頭し、翌年にはある程度納得のいく修士論文が完成した。まさに彼のお蔭である。

でも、私はお礼の一言も彼に言うことが出来なかった…。
S君は、私に助言をした後数カ月後に急逝したのだった。喘息による重い発作が死因だった。
命日は12月10日‥。

「信じられない。まさかあのSが…無念だろう、悔しいだろう、君は一体何のために頑張ってきたのだろうか?いや…。来年は俺はもう誰にも頼れないのか…」
当時の私の手記にはこのように記されていた。

鎌倉市のある寺で行われたお通夜・葬儀には、僧侶の資格を取ったばかりの半人前の私も役僧として出仕し、懸命にお経を唱えた。

12月11日、お通夜が終わって品川区の一人暮らしのワンルームマンションに帰宅し、深夜に入浴している時に不思議な現象が起こったのだ。
「ガチャン」
玄関の鉄のドアが開く音がし、誰もいないはずのバスルームの外でドンドンと足音が聞こえたと思ったら、風もないのにユニットバスのカーテンが私に纏わり付いた。
S君が神奈川からわざわざ家に来てくれたのに違いない。

その後、卒業し大阪へ帰った年にご回向をさせてもらいに彼の家に伺ったところ、最寄りの駅まで迎えに来てくれたお父さんの電話の声が全くS君の声そのものであった。親子とは言え全く同じ声にドキッとした。

そんな彼との思い出… 。今朝のお勤めで思い出しながら供養を捧げた。