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お寺で東北復興チャリティー 仏教基礎講座を開催しました

昨日は、午前中は仏教基礎講座、午後からは寺カフェ英語と本照寺会館はフル稼働でした。

先月26日に初めて仏教講座をさせて頂いたのですが、参加出来なかった方から、他日に再び開催して欲しいとの有難い言葉を頂いたこともあり、再度「おもしろ仏教用語vol.1」と「お釈迦様の一生から学ぶ〜生誕〜」をさせて頂きました。

尚今回から、かねてより協力させて頂いている東北被災地の復興支援の方に、受講料を寄付させて頂いております。


日常にありながら意外とその語源が知られていない仏教用語、昨日は「有頂天」と「金輪際」について図で示しながら解説しました。ただ話を聴くだけなく問題に答えて頂き、最後は習った用語を使って簡単な作文までしてもらいました。受講者にも能動的になってもらうことで、より楽しく学べ身に付くのではないかと思うのです。



地獄界から仏界までの十界の中で、迷いの世界である六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)があります。六道の最上位で、神々が住む場所が天界であります。その最高処、頂きが有頂天であります。

因みに仏教では、神々は仏菩薩に比べると低級な存在であり、故に天界は六道輪廻【ろくどうりんね】と言って迷いの世界であります。まだ解脱できていない世界なのです。

実は、怒りに満ちた地獄の心から、慈しみの仏の心まで、全て私たちの心の中に宿る世界でもあるのです。何かできて得意になる。喜びで夢中になる意味で用いられる「有頂天になる」使われ方がそれを物語っていますね。「ぬか喜び」とならないよう気を付けたいものですね(笑)。


また、仏教の壮大な宇宙観では、私達が住む人間界の地輪は、虚空に浮かぶ広大な風輪・水輪・金輪の上に乗っているとされています。よって、地輪を下に掘っていくと金輪にぶち当たります。その金輪の端が金輪際と言われます。接する際【きわ】であるから、極限、徹頭徹尾最後までという意味で用いられるようになりました。

さらには、私達人間がどんなに底に落ちてもせいぜい金輪までだろうと考えられたと言われています。転じて「いかなることがあっても金輪際しない」との表現が用いられています。

頂きの有頂天とは間反対ですね(笑)。


このように、用語のちゃんとした意味や語源が分かってこそ、色々な場で自信を持って言葉を使えるのではないかと思います。


後半は、「お釈迦様の人生から学ぶ」〜生誕〜
考1「お釈迦様がこの世に生まれた意味は何だと思いますか?」
考2「お釈迦様はなぜ尊いのでしょうか?」という問いかけを始めに提示し、参加者の皆さんに考えてもらいながら、出生にまつわるお話をしました。最後は分かって頂けたのではないかと思います。

次回は9月上旬に予定しております。

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