「リアリティーの先にあるものを探し求めて」第4話 〜気仙沼での応援ライブ〜
「震災から3年が過ぎて自分の中でのリアリティーが薄れつつある。そのリアリティーの部分を見つけたい」と訪問前に言っていたのは同行したシンガーソングライターの泉たくとさんだった。
私はどんな形でも良いので歌える場所を探していた。
でも、こちら側がしたい要求を被災地に求めるだけでは駄目なことはよく知っている。それでも何かしら想いを歌に乗せて伝えたい、応援したい。私も賛同したし、お願いもした。
内陸部にご自宅があったことで津波による被害こそなかったが、お勤めの会社や周りが大変な状況に…震災当初の大混乱の中、必死の思いで自ら救援活動もされた。
少しして、大震災のことを綴った私のアメブロを読んで頂けたのがきっかけで交流が始まった。震災の翌年、妻と岩手県を訪れた際には当時の状況、胸のうちをお話頂いた。彼女は私を「命の恩人」と仰っていただけるが、私は僧侶として、いや人として自分に出来ることをさせてもらっているだけ…。もったいないお言葉である。
そんな彼女の知人の伊藤さんが気仙沼でワインバーのオーナーをされており、何とそこを無償で使わせて頂けることになった。
彼が仰った言葉が印象に残っている。
今は休業中とのことだが改装され多くの方が愛し訪れるようだ。
その理由は実際行ってみるとすぐ分かる。
雰囲気のある店内で、窓からは気仙沼湾と美しい星空が望める。
そしていよいよ、泉たくとさんの応援ライブが始まった。観客も集まってちゃんと聴いてくれている。
スティービーワンダーの「A Place In The Sun」のオープニングに始まり、ミスチルの「星になれたら」、そしてオリジナル曲の「Buena Vista 」etc…
その歌声はいつも以上に思いがこもっていた。皆さんも聴き入っておられた様子。後半で歌った浜省の「家路」は本当に良かった。本人も「家路を歌っている時はすごく気持ちがこもった」言っていた。
美しいキャンドルライトの明かりが何とも幻想的だった。いつもでもそこに留まっていたかった。
お腹もすいてきたので、地元の魚を食べに全員で復興屋台村気仙沼横丁にある郷土料理居酒屋「海の家」に移動した。
まるでライブあとの打ち上げのよう。
ホヤなど新鮮な海のものがめちゃ美味しかった。
仙台までレンタカーを運転して帰らなければならなかたったので、残念ながら好きなお酒は飲めずに…。その分たくとさんに飲んでもらった。
車内からギターを取りに帰って来たと思ったらそこでも歌い出した。
すごく盛り上がった。完全に気仙沼の皆さん、その場に居た皆さんの心をつかんだ泉たくと…。
帰る時間も忘れるほどだった。
そこは応援する人、される人が集まり一緒になる。
ここも勿論同じ日本、そして仲間。他人事などでは決してない。
すっかり好きになった気仙沼、是非また戻って来てライブを!
…と言うことで、楽しい夜はあっという間に過ぎた。
気仙沼から宿泊ホテルのある仙台まで無事に辿り着いた時には日付が変わっていた。
「どんーなに遠くてもー辿り着いてみせる♪」
浜省の「家路」のフレーズが頭の中でリフレインしていた。
つづく