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石巻市立大川小学校・最終報告書案提示 〜教職員の無念と現実〜

石巻市立大川小学校と言えば、東日本大震災津波で児童・教職員計84人が死亡、行方不明となった悲劇の学び舎である。


19日に津波災害をめぐり第三者の事故検証委員会が開かれ最終報告書案が提示された。避難に関する教職員の意思決定が遅れた上、北上川の堤防に近い「三角地帯」を避難先に選んだことが「最大の直接的な要因」と結論付けられた。 

報告案では教職員が迅速に意思決定していれば「もっと早い時点で避難が開始された可能性は否定できない」と指摘している。さらに背景の要因として教職員の危機意識の不足、学校の防災体制の甘さ、行政の情報伝達の不十分さなどを挙げられている。


そんな大川小学校に私はこれまで慰霊供養で4度訪れた。

2011年の11月に初めて1人で訪問して以来、2012年3月には日蓮宗大阪有志の会での一周忌法要、昨年の3月には日蓮宗大阪市社会教化事業協会として僧侶14名で慰霊供養をさせて頂いた。妻と2人で行ったこともある。



ご覧になっ方もいるかも知れないが、昨年放送されたNHKスペシャルで児童の命を救えなかった先生のことがクローズアップされていた。


そこには、当時4年生の担任であった若手教師のご両親が、我が息子が子供達を助けられなかったことに負い目を感じ、身内だけでひっそり供養されている光景があった。

先生の死は顧みられることはなかったのだ。だが、児童の遺族の1人からの「先生を恨んでいない」と会見での言葉によって救われた気持ちになり、亡き息子に報告したという一連の話には心が震えた。その先生は、生徒である女の子を抱えながら亡くなっていたのが発見されたそうだ。


確かに最終報告書案でも提示されたように、教職員による判断の誤りが悲劇を招いた大きな一因であろう。歴史に「たら・れば」は禁物だが、傾斜が急だとは言え、さほど離れていない校舎の裏山への避難を選択していれば多くの児童が助かったかも知れない。


子供達の命を守れなかった先生の犠牲をどう思うのかはそれぞれあるだろう。勿論やり切れない遺族の感情は第一にある。

だが、教職員も多数亡くなったことを知ってもらいたいし、必死で児童の命を救おうとしたが救えなかった無念さを考えることも大切だと思う。


このような悲劇を二度と起こさないためには、過去の事象にとわられることのない最悪のケースを想定した柔軟性のある学校防災、防災教育の充実、マニュアルの作成が必要であろう。

私は今年も3月16日に大川小学校を供養に訪れる予定である。