お彼岸 〜大切な仏道修行とは?〜

23日は、日曜日と重なった秋のお彼岸のお中日、当山でも秋季彼岸会施餓鬼法要を行い、多くの方の参拝がありました。色々な方のお陰で無事に厳修できたことに心より感謝、合掌‥

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お中日の前後の3日を含め計7日間のお彼岸期間中は、特に仏道修行に励み、悪事を止めて、善行を行い功徳を積むことが大切です。

 

一般に修行内容には、六波羅蜜と言われる六つの徳目があります。

 

布施(煩悩を捨て他者に施す。奉仕をする)

持戒(決まりを守り、規律正しい生活をする)

忍辱(苦しみに耐え我慢する)

精進(たゆまぬ努力をする)

禅定(心を静かに落ち着け、集中する)

智慧(正しく判断する。正しい教えを知り学ぶ)

いずれも、現代社会で生きていく上で大切なことですね!

 

無量義経』というお経には、『六波羅蜜を修行しなくても六波羅蜜を修行した時と同じ功徳が自ずと備わる」と説かれています。

 

日蓮聖人が仰る仏道修行とは、『法華経』の教えを聞いて歓喜し信じること、お題目を唱える功徳によって六波羅蜜の修行が自然に成就するとのお立場です。

 

我が為だけに積む功徳は、真の功徳とはなりません。他者の幸せを願い、救済の手を差し向けることが大切なのです。それが『法華経』の教え‥

すなわち、ご自身が仏様のような慈悲の心を持つことにより、功徳が他者にも向かい、ご先祖や亡き方への成仏へと繋がる。それが追善なのです。

八尾図書館の今東光資料館へ行って来た!

作家僧侶はこれまで数多くいらっしゃった。現在では瀬戸内寂聴さん、玄侑宗久さんは言わずと知れた有名人だが、私の地元でもある河内・八尾市に、昭和26年から24年もの間在住され、活動された有名な作家僧侶がいた。小説家 今東光さんである。


偶々来館した9月19日は、何と今東光さんのご命日であったことを資料館にて初めて知った。


今東光さんと言えば、映画化されヒットした『悪名』の原作者。勝新太郎さんが演じた八尾の浅吉は有名となった。

 

資料館では、六巻ある『小説 河内風土記』が館内のみで閲覧出来る。八尾の人々や八尾を町を愛した東光さんの思いが結実した作品なので、是非入手して読んで見たいと強く思った。
また、直木賞受賞作『お吟さま』は、Kindleで読めることを知った。


他にも充実した展示が沢山あり、中でも東光さんと出会った人々のコーナーは興味深く、錚々たる面々と交流があったことが分かる。

入場無料で、私が訪れた時は居なかったが、ガイドさんから説明も聞けるそうだ。

 

余談だが、今東光さんが現在の八尾市西山本町にある天台院の特命住職に在任されていた時に、馴染みにされていた『美人館』という散髪屋さんがある。
私は小学生から大学生までその散髪屋さんに通っていた。当時いらしたおばちゃんがよく東光さんのお話をされていた記憶があもあるので久々に行こうかな(笑)。

 

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9月1日、防災の日に考える

9月1日は防災の日で、この日を中心とした防災週間中には、各地で防災訓練など積極的に行われているようだ。大災害を忘れず教訓として学ぶことを私たちは怠ってはならない。災害の歴史は繰り返されるからだ。

 

本日の防災の日は、95年前の大正12年9月1日、20万もの命が奪われた関東地方を襲った未曾有の大災害となった関東大震災に由来する。

 

亡くなった方の多くが、現代の東京都墨田区で発生した大火災によるものだった。

作家、吉村昭氏の著書『関東大震災』から大震災の被害の凄まじさが伺える一文を紹介したい。

 

「死体は足の踏み場もないほど横たわっていて、所々に折り重なって焼死した遺体は堆く盛り上がっていた。それらは性別も識別できぬ遺体ばかりで、凄まじい炎に焼きつくされ、炭化し縮小したものがほとんどだった」と惨状が至る頁で描かれている。(吉村昭著『関東大震災』287頁参照)

 

本書には、その惨状の中で、1人の日蓮宗僧侶が遺体の群れに向かって読経を続けていたとの記載もある。


 僧侶として大切なことで、私たちも見習うべき行動である。

 

大災害が起こった時に持ち場持ち場で何が出来るか、9月1日は、亡き御霊へのご供養と共に特に考える日にしたい。

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子供たちのヒーロー 初代タイガーマスク佐山聡氏来たる!

皆さんにとっての子供の頃のヒーローは?

昨日は谷町妙光寺様に於きまして、日蓮宗大阪市社会教化事業協会主催で講師に、初代タイガーマスク佐山聡氏をお迎えし、講題『児童養護施設の子供たちへのサポート』〜幸せは伝染する〜と題し、研修会を開催させて頂きました。

管内外教師、寺族、檀信徒、一般参加者含め約60名のご参加がありました。

 

親からDVを受けた子供たちに、イジメられている子供たちに、寂しい目をした子供たちに寄り添える活動は尊いものです。
「鞄よりも布団が欲しい」と言って来た女の子、佐山さんに、これでもかというくらい抱きついて来れる子供たち‥。強く優しい佐山さんのお姿がありました。

 

また、佐山さんはメンタルコントロールを非常に大切されています。
人間の心の根源について説かれる仏教学、唯識についても学ばれているようで、心の深層部分の働きである阿頼耶識についても少し触れられました。
心技体すべてにおいての充実が、現役時代、大歓声の中リンクで戦う勇姿に繋がっていたのでしょう。

 

佐山さんは体調面で不安を抱えられており、休憩を挟んでの第2部は、元新日本プロレスの営業本部長の新間寿氏が登壇され貴重なお話を頂きました。

 

新間さんはタイガーマスク佐山聡を発掘されるなど、新日本プロレスを黄金期に導いた「過激な仕掛け人」と言われた有名な方です。

 

過去の生い立ちのお話から、苦しみを取り除く母(抜苦)楽しみを与える父(与楽)の慈悲のお話や、日蓮聖人「富木尼御前御書」の「男のしわざは女の力なり」の部分にも触れらました。

 

終わってから、佐山さんのご好意でサイン入りシャツやタオルなどの抽選会と握手会、写真撮影があり、ファンにとっても忘れられない1日になったのではないでしょうか。

 

お二人は日蓮宗の檀家さんと言うことでご縁があり、当研修会が開催されるに至り、様々な方のご協力の元、盛況のうちに終わったことに感謝したいと思います。

 

将来を担う子供たちへの支援活動と行うと言うことは、子供たちに全力で向き合い、寄り添うことが大切で、社会活動の姿勢の根幹が学べた研修会となりました。

 

夜は場所を北浜「光林坊」に移動し、懇親会がありお二人も同席されました。


余談ですが、体調面で不安を抱えておられる佐山さんでしたので、靴を履かれる際に、私少し補助をさせて頂きました。すると、すごく丁重にお礼を述べられ、腰の低い礼儀正しい方という印象を持ちました。

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八尾市仏教徒大会に初参加 〜歌にインタビューetc〜

昨日は、第12回八尾市仏教徒大会が八尾市プリズム大ホールで開催され、真夏日を思わせる天候の中でしたが、1000名以上の観客で大ホールが埋め尽くされました。私にとっては仏教会役員として初めて参加させて頂きました。

 

当会は宗旨宗派に関わらず八尾市内の約100カ寺のご寺院様が集い、様々な活動を行っている組織であります。最大行事の仏教徒大会は多くの関係者方々、団体様のご協力ご協賛の元、隔年で行われています。

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式典では、来賓の田中誠太市長よりご祝辞を頂きました。

今回は、フォークソンガーの高石ともやさんの「陽気にゆこう」と題しての記念講演があり、楽器を持ち、時折演奏を交えながらのリズミカルで楽しいお話がありました♪

 

そして、最後のアトラクションですが、石原ひさ子先生の歌謡ショーの後は、特別ゲストとして7人の住職より歌の披露がありました。

何とその内の1人に私が‥千昌夫さんの『北国の春』を歌わせて頂きました。初参加ということで、インタビューも受け、初めての経験で緊張しっぱなしでした‥(笑)

選曲した『北国の春』は、陸前高田市出身の千昌夫さんのヒット曲。私にとっても東日本大震災発生以降、毎年のように訪問させて頂いている陸前高田市でもあり、想いを馳せながら思い切り歌わせて頂きました。

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夜は高石ともやさんもご同席の元、懇親会があり、高石ともやさんと野球の話で盛り上がり、気さくな方で最後にツーショット写真まで撮らせて頂きました!合掌

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「大阪北部の地震から」過去の大災害から学ぶことは?

 


大阪北部で起こった震災から4日が経ちました。先ず持って亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、被災された方々に対しお見舞いを申し上げます。

 

今回の地震は浅い地下で起こった直下型地震地震で、大阪市北区高槻市茨木市枚方市箕面市など大阪府北部の方で震度6弱を観測しました。大きな揺れが起こった時、一瞬南海トラフ地震ではと思った方も少なくなかったでしょう。

 

地震発生の夕方、日蓮宗大阪市管区の災害対策支部会議が大阪市中央区谷町の宗務事務所であり、社会教化事業協会災害担当として出席させて頂きました。中には交通機関の事情により来れない方もいました。

 

被害状況の報告がありましたが、北区のご寺院さんなどで瓦の一部が損壊したり、本堂の瓔珞が落下したり、菩薩像が倒壊したり、水漏れがあったり、想像以上に被害は甚大でした。

 

連絡が中々取れない方もいたようで、電話連絡だけでなく、LINEやfacebookなどのSNS防災無線など含めて、多岐にわたる手段で連絡が取れ、安否確認できる体制を取らなければならないという話がありました。スマホ使える方、そうでない方、色々な方に対応できるようにしなければなりませんし、必要であれば注意を払って直接訪れることもありだと思います。

 

大災害が起こってからでは遅いので、迅速に対応、動けるような組織作りが必要です。実際には決してマニュアル通りには行きませんが、落ち着いて行動できる道標となり、命を守る行動へと繋がるはずです。

 

阪神淡路大震災中越地震東日本大震災熊本地震、近年起こった震災から様々な学びがあり、宗門としても社会教化事業協会を中心に防災、災害に関する研修会を行い、私自身も東北や熊本へ足を運び視察や活動をする中で、いつ起こるか分からない震災の恐ろしさを知りつつも、高を括ってしまっていたことに反省しています。

 

被害の大きさで当然報道の仕方や、大規模災害に指定、指定されないという違いがあります。

亡くなった方の数で、大難、小難が決まる訳では決してありません。1人1人全ての命が尊く重いのです。

 

連日報道されていますが、高槻市内で9歳の小学4年生の女の子(9歳)が通学路でプールのブロック塀が倒壊、下敷きになって亡くなりました。心より女の子のご冥福をお祈りします。

プールが外から覗き見されないように後から上部に積み上げたことで危険性が増大したとも言われています。耐震性安全性は一体?

 

地震大国日本で、それも多くの活断層、そして今後30年以内に南海トラフ地震が起こる確率70%のこのような大阪で、危険性をはらんだブロック塀が学校、通学路に存在すること自体が危機意識の欠如であり、関係者の責任が問われます。

1978年には宮城県沖地震が起こり、多くの方がブロック塀の下敷きになり亡くなった悲劇があったはずです。これは人災であります。

 

随筆家で理学博士でもあった明治11年生まれの寺田寅彦は、『天才と日本人』の中で、「文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を十分に自覚して、平生から防御策を講じなければならないはずであるのに、それが一向にできていない主たる原因は、畢竟そういう天災がきわめて稀にしか起こらないで、人間が前車の転覆を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようなことになるからであろう」と述べています。

まさに寺田寅彦の時代も現在も同じことが言え、天災から人災を繰り返していると言えます。

震災7年後の東北訪問記 最終話〜大船渡〜

東日本大震災発生からちょうど1年後の午後2時46分、私は僧侶の有志7名と海に向かってお題目を高らかに唱えた場所が大船渡市のとある海岸だった。そこの地名は分からないし、今もう一度行けと言われても辿り着けるがどうか分からない。

海からの風がきつく寒かったことと、打ち寄せる波が高かったことしか覚えていない。

 

それから、大船渡を訪れるのは今回で3度目で、いずれも大船渡プラザホテルに宿泊した。

しかし当ホテル、行ってみると元あった場所にないではないか‥。

 

2016年に移転し新装オープンしていたことを知らずに訪れた。元々あった場所で、当ホテルは津波による大変な被害を受けるも早期に復旧し再開。

そちらからの新装、移転だった。経営者始め、関係者方々のご尽力により、美しく快適なホテルとなっていた。

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ホテル前には、BRT の駅があったので、陸前高田まで行くのに初めて利用した。(BRT とは津波による被害で大船渡線気仙沼線など鉄道が運行不能となったことで、元々あった路線などを利用したバス高速輸送システム

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ホテルの周辺は、飲食店など立ち並ぶモールが出来ていた。夜はホテルの近くにあったAnother World Bar、KEIJIさんというバーに1人で入りお酒を嗜んだ。アットホームな雰囲気のBarだった。最後はマスターと名刺を交換してfacebookの友達になった。

 

翌日は午前中、少し時間があったので国の名勝及び天然記念物に指定されている三陸復興国立公園の「碁石海岸」を見学した。長年の海蝕による大断崖はまさに荘厳で絶景。三陸碁石海岸のような美しく豊かな自然が沢山あり、景観を楽しむことができる。是非お薦めしたい。

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東北を応援すると一概に言っても、震災当初とは支援の形が随分変わっているので、どうして良いか分からない方もいらっしゃるだろう。

人それぞれの応援の仕方があって当然だと思うが、先ずは忘れないこと、そして人との繋がりを大切にすること。出来れば現地を訪れ、現地の方と会い、観光や食事も楽しみ、東北を好きでいることが大切だと思う。

 

今回のブログでは復興している部分をいくつか報告したが、全体的には復興はまだまだ途上で課題が山積みであることをお伝えして、今回の訪問記を閉じさせて頂く。

 

終わり